雨とワックスのにおい

本を読んでもノートを開いても、文字が頭に入ってこない。
こんな日もあるかと、電車の座席に座って思考を止めた。
丸の内線は実は荻窪まで伸びている。

降りる駅だと思って席を立ったが、あとひと駅先らしい。
空いた車内で一人立っていることの意味を考え続けるほどの力もなく、
さっきの座席の斜め向かいに座り直した。

さっきまで僕と同じ列、2人分ほど空けて座っていた男性は、
落ち着きなく辺りを見回し、僕と目が合うとぼそり「なんだよ」と吐き出す。
そうだな、僕は、なんだろう。

アナウンサーがカメラのレンズの少し上を見るようにして、彼の輪郭をうつろになぞる。
突然課された宿題の答えが出ぬまま目的地に着いたので、
手すりをだらりと持って身体を引き上げ、彼の横を通って車外へよじり出た。

ホームに降り立つと雨のにおいがしたが、階段を登って地上に出てみれば、とっくに上がった後だった。
そしたら今度は、ついさっき美容室でカットの後につけられたワックスのにおいが妙に鼻にさわり出したから、
足早に家に帰ってまとめてシャワーで洗い流した。

今日は土曜だと思っていたら、どうやら日曜らしい。
手持ちのケータイは手ブレがひどくって不可ない。