TBSテレビの日曜劇場『ラストマンー全盲の捜査官ー』を観て、「介助とヒーロー」というテーマのもと、脊髄性筋萎縮症(SMA)Ⅱ型による重度身体機能障害のある愼 允翼(しん ゆに)と、重度訪問介護制度による愼の介助者の一人鈴木 悠平(すずき ゆうへい)が対談する。今回はEp.5「忘れられない味」について。
インフルエンサーを狙った空き巣や強盗被害が各地で相次ぎ、皆実(福山雅治)は京吾(上川隆也)に、警察庁からのトップダウンで管轄をまたいだ捜査の協力態勢をとるように依頼する。その矢先に人気料理系インフルエンサーのナオン(わたなべ麻衣)が自宅で殺害される事件が発生。皆実と心太朗(大泉洋)が現場に行くと遺体はすでに運び出され、テーブルには華やかな料理が並んでいた。その料理に皆実は小さな違和感を覚える。
皆実と心太朗はナオンが所属しているマネジメント事務所を訪れ、ほかの料理系インフルエンサーにも話を聞くことに。しかし、皆実は料理に舌鼓を打つだけで、なかなか捜査の進展が見えないことに心太朗は焦りを感じる。
そんな中、同じ事務所所属で人気料理系インフルエンサーの青嶌(高梨臨)が暴行を受けてしまう。
『ラストマンー全盲の捜査官』番組公式サイト Ep.5「忘れられない味」あらすじ
以下、Podcastに公開した音声ファイルのリンクに続いて、同音源の文字起こしを最小限編集・校正したテキストを掲載する。
ゆうへい:はい、では「介助とヒーロー」第3回収録ですね。『ラストマン』の第5話を観て語ります。
ゆに:SNSの料理系インフルエンサーをターゲットにした連続強盗事件が起こっていて、そしたらなんと2位の人が殺された、というお話でしたね。このラジオはネタバレありで話すけど、今回の事件は料理系インフルエンサーランキング1位・2位・3位の人間模様があって、3位の人が犯人で、2位を殺す、1位は身元が分からないので殺すことはできないんだけど、なんとか追い抜こうと企てる、という話だった。
ゆうへい:かつ3位の人(犯人)は、2位の人を殺したあとに、1位の人の元夫を脅迫して「私を殴れ」って自演の襲撃騒ぎまで起こすんだよね。被害者を装って同情票を集めようとする。
ゆに:皆実(みなみ)さんがインフルエンサーに片っ端から会ってごはんを食べていくじゃん。これはただ楽しんで美味しいもの味わってるだけだと思いきや、犯人を突き止める手がかりを集めてたっていう話でした。
最後ね、その犯人を護道さんが言い負かすとき、捕まえるときに…これ前回の4話から続いている、殺人犯を甘やかさない、精神的に痛めつけるっていう彼の意識もあったと思うけど、「皆実捜査官は、もうあなたの料理を食べたくないと言っていましたけどね」って、彼女の自尊心を崩壊させるような一言をぶつけてるんですけど、あの意味ですよね。
犯人に「私の料理はまずかったですか?」って聞かれた護道(ごどう)さんは「毎日食べたい味ではなかった」って答える。
ゆうへい:「美味しかったけど、毎日食べたい味じゃなかった。そこら辺の違いなんじゃないですかね」って言ってたね。
ゆに:そうそう。
※編注 該当シーンのセリフは以下
”青嶌(あおしま):私の料理はまずいってことですか?
護道:美味しいと思いますよ。でも毎日食べたいと思わなかった。カナカナさんのお弁当は毎日食べたいと思いました。その辺の差じゃありませんか?”
ゆうへい:1位のカナカナさんについてもあとで詳しく話すけど…毎日お弁当を作ってっていう人で…
ゆに:奇をてらった料理じゃなくて、ただもう母子家庭のお母さんが、娘のために料理を作っているっていうだけの、お弁当の写真を毎日上げてたっていうインフルエンサーだね。
で、まずね、皆実さんがこの3位の人の料理を、「もう二度と食べたくない」って言ったこの理由。彼が、これは殺人犯の料理なんだって気づいた理由、この辺だよね。
ひとつ演出として上手いなと思ったのが、護道さんが、「皆実さんはもう食べたくないと言っていた」って、伝聞形式で伝えて、さらに「美味しかったけど、毎日食べたいと僕は思わなかった」と自分の意見を述べているところ。皆実さんが「二度と食べたくない」と思ったのはなぜか、その理由は皆実さんの口から明確に語られてはいなくて、護道さんが翻訳して自分の言葉で言ってるから、皆実さんが実際にどう思っていたのかは視聴者の想像に委ねられているわけ。そのあたりが演出としてずるいなっていうか、僕は見事にその罠にハマって、今日の対談もそこから始めたいなと思った。
ゆうへい:二人ともここ語りたくなったよね。3位の人は、スパイスも自分で仕入れたりして「とにかく、こだわってます」っていうブランディングだった。そりゃもちろん、この人も世の中の平均からすると多分料理は上手っていうかさ、俺なんかよりよっぽど…笑
ゆに:当たり前だっつーの笑
ゆうへい:でも、その(カナカナさんとのベクトルの)違いだよね。彼女が逮捕されて連れて行かれる直前に、私はめっちゃ努力したんだと、バズるレシピとか映える写真の撮り方とか研究して、それでも勝てなかった、って吐き出すわけだけど、ここがポイントだと思う。
話の前半で、まだ彼女が犯人だとは分かっていない段階でスタジオに聞き取り調査に行って、皆実さんと護道さんが料理を食べさせてもらったシーンがあったけど、皆実さんと犯人が直接やり取りしたのはこの一回だけなんだよね。で、犯人の青嶌さんに、私の料理どうですか?って聞かれて、素材を3つ4つ当てた。
”皆実:フェンネル、ディル、それとピンクペッパーが効いていますね
青嶌:すごい、全部あってます”
ゆうへい:皆実さんはそれしか言わなかったのね。素材を当てるだけで味の話はしなかった。決して「美味しい」って言ってないのよ。
直後に護道さんがマネージャーさんから話を振られて「最高ですね」って社交辞令で言うんだけど、あれもまたコントラストが効いてる演出だなと思った。
ゆに:あー、それ俺いま悠平さんに言われるまで忘れてたけど、確かにそうだったな。
ゆうへい:護道さんが逮捕のときに、「あの人には、どんなに映える料理をつくっても通用しませんよ。見えませんから。だから中身を見抜かれる」とも言っていて、それは単純に視覚以外の感覚が鋭敏だってだけじゃなくて、彼は「本質を見抜く」人だから、虚飾や小手先のことは通用しませんってことを、護道さんが代わりに言ってるんだよね。
ゆに:どれぐらい彼女に響いたかはわからないけどね。
ゆうへい:「二度と食べたくない」っていうのはやっぱりその…料理ってさ、まぁ自分で作って自分で食べるっていうのもあるけど、基本的には、それがお店であれ家であれ、誰か「食べてくれる」人がいて、その人のために創るもので…
ゆに:顔が見えることね。
ゆうへい:1位のカナカナさんはやっぱり「たった一人」の相手に向けた料理で、3位の人のは不特定多数に向けた発信、つまり対象がいない、食べる人がいない料理なんだよね。
ゆに:厳密に言うと、自分が食べるためですらなく、自己承認のための道具、媒介としての料理っていうことね。
ゆうへい:そういう細部の…やっぱさ「愛情が調味料」みたいなのはよく昔から言われるけど、あながち単なる精神論でもなく、やっぱり食べてくれる人がいると、その人の生活とか好みとか、あるいは食べるときのコミュニケーションとか、いろんなことを思い浮かべながら、手を動かして調理するわけじゃん。だからそういうのが無いまま作られた料理っていうのは、どれだけスパイス仕入れてこだわってても、やっぱり「おいしくない」っていうか、人は感じ取るよね、「これは自分に向けられた料理じゃない」って。
ゆに:生きた味わいじゃないね。
ゆうへい:それ食わされるの苦痛じゃん。っていうのが、「二度と食べたくない」って皆実さんが言ったことの意味。
ゆに:苦痛の度合いがさ、他の人より見えない分、上がるんだよね。
ゆうへい:うん。護道さんも、まあ美味しいは美味しいけど、毎日食べたくなる味じゃなかったって、その違和感をちゃんと感じ取っていたわけだけど、皆実さんはより鋭敏で、厳しい評価を下したんだっていうことだと思う。
ゆに:やっぱね、中身がない味なんだよ。中身ってどういうものかと言われると難しいんだけど、そして「愛情」っていう言葉で果たして正確に射られているのか僕には分からないけど、なんかね、やっぱ食べるってことはさ、「生きること」じゃないですか。ところが自己承認欲求とか、ましてや人を殺すとかっていうのは、生きるために何の必要もないことでしょう。
ゆうへい:他者がいないよね。
ゆに:そういう、生きる上で不要なもののために、料理っていう「生きる道具」を使っている、この矛盾、ウソ、これがねやっぱり、めちゃくちゃ「不味い」ものとして皆実さんには感じられたんじゃないかなと思う。それはね、序盤に言ってた競争、人間関係の話にも通じている。
ゆうへい:2位の人が殺されて、撮影スタジオで3位の人やマネジメント会社の人に聞き取り調査をしてから、外で車に乗る直前の護道さんと皆実さんのやりとりだね。
”護道:我々からしたらあり得ない動機ですが、インフルエンサーたちの異常な世界ではあり得る気がします。
皆実:異常ではありませんよ。ツールが変化しただけで、人は昔から何も変わってはいません。
嫉妬やねたみ、いつの時代も人間が二人以上集まれば必ずそこに競争が生まれます。”
ゆうへい:いつの時代も人が集まれば嫉妬や妬みは必ず生まれる。その意味では3位の人による殺人…もちろん殺人は許されることじゃないんだけど、彼女の考え、感情と行動って非常に「凡庸な悪」だなっていう話だと思う。
ゆに:その凡庸性が「クソ不味い」ってことだよね。何がその凡庸さとかランキングを作り上げているのかっていうところで、1位の人との対比がやっぱり強調されるよね。
ゆうへい:ここで2位のナオンさんにもさらっと触れようか。元々料理じゃなくてモデルとか美容系のインフルエンサーだったのが、料理の写真も上げるようになって、そこからフォロワーが伸びて2位になりました。他の人の犯行と見せかけて、3位の青嶌さんに殺された人です。
で、4位以下の料理系インフルエンサーに皆実さんはメシ食わしてもらいながらどんどん聞き取りをしていくわけなんだけど、実はその殺された2位のナオンさんは、自分ではまったく料理ができない人で、料理研究家のスタッフを雇って作ってもらったものを写真に撮って加工して、「チームナオン」の仕事として発信していたことが判明するんだよね。
ゆに:で、本人がそれ隠していないんだよね。
ゆうへい:そうそうそう。周囲の人が聞き込みで話したってことは、本人はそのことを隠してないってこと。なんなら「チームナオンの力だ」って言ってたと。ナオンさんのその手法に対する他者の評価って、作中では明確には描かれていないんだけど、ひとこと、護道さんが「純粋に料理に打ち込んできた人からしたら、たまったものじゃないですよね」とは言っていて。
ゆに:そう思われることもありうるだろうってことを暗に示していたよね。
ゆうへい:僕はさ、なんていうのかな…それを表に、つまりお客さん向けにどこまで見せるか隠すかはさておき、少なくとも聞かれたらそのように答えていること、自分は料理つくれないけどチームでやってるんだということに、まずは開き直ってるっていうか、虚飾や演出も含めて…
ゆに:エンタメとしてね。
ゆうへい:おそらくスタッフの人…もちろん料理人にはいろんな人がいてさ、「そんなのは認めない」って人もいるだろうけど、チームナオンの「ゴーストシェフ」は、納得してその仕事やってると思うの。
ゆに:なんならその描写もあって、料理担当の人ニコニコしてたよね。
ゆうへい:それはなんか…そういう仕事の仕方に対して、他の料理人や一般視聴者がいいと思うか悪いと思うかは様々だろうけど、僕は、いいんじゃない、って。
ゆに:皆実さんも別にそれについては何とも言ってないんだよね。
ゆうへい:それこそ介助なんかさ、よくこの話出るよね、どこまでが本人の力なのか…みたいな、色んなグラデーションと色んなケースで、みんなその「自分でやる」ということと「他者がやる」ということについて語ってきてるけど、これは障害の介助だけじゃなくて、会社組織のマネジメントとか分業も含めて「世の常」なんだよね。
なので「2位にも勝てない」っていう、あの3位なのよ。もちろん1位は圧倒的なんだけど、あの2位のチームナオン(本人は料理を作れない)にも、スパイスを仕入れてまで料理を自分で頑張ってる3位の犯人が勝てないっていうのが、非常に象徴的だなと。
ゆに:つまり、いわゆる世間において、ちゃんと正当なものとしてある程度認知されてる「エンタメ」っていう観点からしても、あの犯人の自己承認欲求っていうのは、劣る。端的に劣る。
ゆうへい:実は、”群衆”って言ったらあれかな…その、「多くの人」が集まった総体としての評価って、案外こうバカにしたもんじゃないっていうか、人はいろんなことを感じ取っていて、それが「結果」として現れる。選挙とかもそうだよね。
ゆに:そのランキングっていうものを、実はあのドラマはちゃんと考えてるんだよね。政治・選挙とか他のランキングとどれぐらい密接につなげていいのかはわからないけど、インスタの中で、さらに料理系インフルエンサーという領域に絞れば、少なくともあの1位から3位の序列、評価は極めて真っ当である、っていう観点から作品がつくられてる。これけっこうね、面白いと思ってて。
ゆうへい:その中に、でも、嫉妬、妬み、焦り、勝ちたい、負けたくない…という人の情念がさ…
ゆに:SNS”以前”からあるものね。
ゆうへい:うん。皆実さんが言うように昔からあるんだけど、SNSで増幅され、今回の犯罪に至り、ただ3位の人はちゃんと見つかって捕まって、刑事司法の裁きに付されることになるんだけど、それも含めて「世の常」って思ったかな。
ゆに:で、1位ですね。
ゆうへい:はい、1位の話をしましょう。カナカナさんは絶対に顔出しをしないシングルマザーで、娘のために作ったお弁当を毎日アップしている、というインフルエンサーでした 。
ゆに:ぶっちぎりの1位なんだよね。
ゆうへい:2位の人が殺されようと、3位の人が皆実さんと写真撮ったり自作自演で襲われたりしても、もうずっと1位だった。
ゆに:全くビクともしなかったね。2位の人が死んじゃったからって同情でフォロワーが激増したらしいけど、それでも全く及ばなかった。
ゆうへい:1回、皆実さんと護道さんが自宅に聞き取りに行ったら、代理人弁護士と娘さんが出てきて、カナカナさん本人には会えなかったけど、重箱に入れたお弁当を持ち帰らせてもらって、職場のみんなと一緒にうまいうまいって食べるんだよね。
…あ、ちょっと脇道それるけどさ、5話まで来て、最初より捜査一課の面々とのわだかまりがとけて、打ち解けあってるよね。
ゆに:完全に打ち解けてるよね。
ゆうへい:ちょっとずつチームになってる。
ゆに:皆実さんがカナカナさんのお弁当食べましょうってときに、いつものように馬目さんが「さすがにマズイでしょこんなのもらったら」ってつっかかるんだけど、「皆実捜査官がそう言うんだからいいだろう」って今藤係長が、偉い人が真っ先に手を伸ばして、それでみんな私も私もって食べたよね。
ゆうへい:あれはちょっとした描写だけどよかったね。
ゆに:よかったよかった。
ゆうへい:で、話を戻すと、カナカナさんはシングルマザーで娘さんがいるっていうのは事実なんだけど、そのお弁当を作って「カナカナ」としてインフルエンサーをやっていたのは、実はお母さんじゃなくて娘さんの方だったというのが、最後の最後に明かされる。
ゆに:これもある意味では「自作自演」なんだよね。
ゆうへい:3位の犯人(青嶌)が、犯行の過程で脅迫して利用した男性がいるんだけど、彼はそのカナカナさんのお母さんの元夫だった。夫と離婚してから、お母さんは娘さんのために働きながら、毎日お弁当を一生懸命つくっていた。で、娘さんがインスタの「カナカナ」ってアカウントをつくってアップし始めたら、フォロワーが増えていった。つまり、途中まではお母さんがお弁当をつくっていた。だけどある日突然、「ごめんね」って書き置きを残してお母さんが蒸発してしまう。
ゆに:要するに、もう「お母さん」でいることに限界がきちゃった。
ゆうへい:夫がいなくなり、一人で娘さんとの暮らしを守っていく日々にね。で、娘さん(中道雲母)は代理人弁護士と相談して、保護施設に入らず、一人暮らしで生活を続けることにした。
ゆに:中学生か高校生ぐらいでね、一人暮らしよ…
ゆうへい:だから、生活のために「カナカナ」アカウントでの発信を続けていたと。つまり、お母さんがいなくなる頃にはもう収益化されてたんだろうね。
ゆに:そうでしょうね。
ゆうへい:お母さんがいなくなった翌日からもう、自分で弁当をつくって更新を続けた。
ゆに:じゃないと、生活がやっていけないからっていう、まずすごい切迫した理由がある。
ゆうへい:皆実さんがお弁当箱を返しに行って、帰り際にひとこと、「お母さんがいないことはわかってます、とても美味しかったですよ、カナカナさん」って言って去っていく。
ゆに:あっという間にバレてたっていうね。
ゆうへい:その次のシーンで、南さんはもうマンションを出て住宅街を歩いてるんだけど、その娘さん=カナカナさんが追いかけてきて、「嘘ついてごめんなさい!」って。ここからもうね、号泣でしたよ。さっき言ったようなその背景事情を、もう、吐き出すように彼女が話すのを、皆実さんがただ静かに聞いて…
ゆに:「お金のためにずっとみんなを騙してきました」って。
ゆうへい:皆実さんは、「嘘があったとしても、誰も傷つかずみんな幸せになれる嘘なら、私はいいと思うんです」と答える。
ゆに:ここで言われている「嘘」、娘の雲母さんが「シングルマザーのカナカナ」としてインスタを続けたこと、それはまず一つ、彼女が生活していくための嘘だったわけなんだけど、それだけじゃなくて、実はもっと大事な「嘘」があったってことを皆実さんが指摘するんだよね。
蒸発しちゃったお母さんに向けて、もう私は自分で自分のお弁当を作れるようになった、お母さん無理しなくていいから、いつでも戻ってきていいようになってるよっていう、「いいね!」がいっぱいほしかったんじゃなくて、どっかで見てるかもしれないお母さんのために、自分は無事だし、日々成長していってる、お母さんに守ってもらってばかりじゃないから、安心して戻ってきてくれって、そういうメッセージを発してた、発し続けていた。これだよね。
ゆうへい:だからさ、3位の人が勝てないのも、そういうことなんだよ。あのカナカナさんのお弁当は、「たった一人」のために毎日作るもので、生きていくための「嘘」として、途中から作り手がお母さんから娘さんに変わりながらも、お母さんから娘にという表の設定は維持したまま、娘さんが自分で自分に作り続けて、そのために料理も練習してものすごく上手になっていってさ。そしてその、自分で作って自分で食べているお弁当は同時に、どこかで見ているはずのお母さんという「たった一人」のために作ってアップしているものでもある。
ゆに:「生きるための食事」なんだよね。
ゆうへい:インスタの写真投稿一枚一枚をね、絵画や小説と同じく「作品」と言ってしまおう。そういうところに強度って宿るから。「シングルマザーが子供のために作ってます」みたいなそういう表層のストーリーではない、深層の物語を、お母さん以外の人(インスタのフォロワー)も、きっと、明確に意識していなくても、その「作品」…写真とお弁当そのものの強度を感じ取って、やっぱり支持してるんじゃないかなと思う。
なんか、いいものってさ、「たった一人」のために作ったものが、地下水脈を通って世界っていう「普遍」とつながるようなところあるなって、僕は思っていて、いろんな芸術とかね。
だからこそ、今回のカナカナさんのお弁当は、1位なんだ。でもそれは彼女が別に不特定多数の人に支持されるためじゃなくて、とにかく、お母さんにメッセージを届け続けたからなんだよ。もう、泣いちゃいましたね。
ゆに:泣いちゃうねぇ。
3位の人が作ったのは自己承認欲求のための「死んだ料理」なの。生きるための料理じゃない。「認めてもらう」ってことはさ、いや、この社会状態においては生きる上で必要なことに思われるけれどもね、これはもう僕が研究するジャン・ジャック=ルソーも口酸っぱくして言ってるけど、生きるために必要なものではないんですよ。まったく要らないもの。承認されることって、あったらいいけど別になくても何の問題もない。
次に2位の人のケースは、社会状態の中で「協働する」ということを、人間の普遍的な必要性として描いている。これにはもちろんネガティブな要素も絡んでいて、本当に真剣に料理に打ち込んでいる人にとっては邪魔だとか邪道だとか色々言う人もいるけれど、それを言ったらさ、社会で協働している人みんな敵だってなるべきだよね。ならないとおかしいんだけど、そういうことにならないよね。
だからそれ(協働すること)は、自己承認欲求に比べれば生きるために必要であると言っている。ただしそれは、社会状態っていうものを、この競争社会を前提にすれば、競争世界を認める、認めざるを得ない我々の凡庸な観点においては、必要であると言えるに過ぎない。
でも、それは所詮、2位です。
ゆうへい:2位だね。
ゆに:つまり、自己承認欲求のやつよりマシってだけ。本当に素晴らしいのは、まず生きていくため、つまり自分で生活するお金を稼ぐために、料理っていう自分の持てる技術を駆使すること、その上で自分の大好きな人を守ったり、その人に戻ってきてほしいという、人間が普遍的に持っている他者とのつながりー社会的なつながりじゃなくてコンパッションていうかな、心をつないでいくような動き、それを守るための料理はさ、これはもう、2位や3位がどうがんばったって追いつけない、無敵の1位です。
この価値観をちゃんと打ち出していて、しかもそれはSNSっていう超凡庸なシステムの中で実現可能なものとして、演劇空間のシステムを通して描き、同時にそれをちゃんと皆実さんっていう、僕がいつも言ってるんだけど、健常者の秩序を全く無視して、自然状態の物事を考えることができる人、社会状態の中に自然状態を持ち込んで崩壊させるような別の価値観を持っている人が、その価値基準の審級を保つっていうか、肯定しているんだ。
今まで(4話まで)はずっと、「強いものが弱いものをいじめる」っていう健常者の秩序を破壊することを皆実さんがやってきたわけだ。前回の4話でも、痴漢の犯罪者集団を捕まえるために、証拠そろってるのに司法取引を演じてメンバーの一人から情報を引き出していたけど、完全にあれFBIでもやっちゃいけない、司法取引の法律にも外れた違法捜査だよね。そういう感じで今までは、社会の悪を破壊する秩序を外から持ってくる存在として皆実さんが描かれてきたけど、今回は社会の中にある既存のツール、インスタっていう極めて凡庸な、あるいは「社会性」の権化みたいな道具をポジティブに描く、そして今まで以上にポジティブにしていく、外部からの価値っていう存在として皆実さんが現れたのが、すごいよかったって思う。
今回の犯人追い詰めるときに、犯人がいる現場に皆実さんは「行かない」ってことにも象徴されてるよね。
護道さんが、「あなたの料理を毎日食べたいとは思わなかった」っていう、護道さんの自身の言葉で語ったのは、そこに皆実さんがいないからですよ。皆実さんいたらもっとキツイこと言ってたと思う。
皆実さんはもうね、あんな凡人に構う時間はもったいないと思ったんでしょう。
ゆうへい:一人で行ったもんね 最後、カナカナさんのところに。
ゆに:そうだね。カナカナさんのところにはさ、皆実さんはとにかく人間として、「美味しかった」って伝えたかったんだよ、介助者なしで。
面倒事は介助者に押し付けて、自分だけおいしいところ持っていくっていうね笑
ゆうへい:今ユニくんが話してくれたことにつながるなと思ったのは、「映え」っていうキーワードで。3位の犯人が逮捕される直前に、皆実さんには「映え」なんて通用しませんよって護道さんが言ってたでしょ。
一方で目の見えない皆実さんが最後カナカナさんにこれからもどんどん「映える」写真を撮ってくださいって言ってるのね。これがいいなと。
※編注 該当シーンのセリフは以下
皆実:だから雲母さん、あなたも恥じることなく、
これからも最高の映えを狙ってください
あなたのお弁当を大勢の人が待っていますよ
私も楽しみにしています
ゆうへい:インスタっていう凡庸な…それによって人が妬み苦しむような、「社会性」の権化のようなSNS上で、もう現代のキーワードとして、みーんな「映え」を追いかけていて…
ゆに:一方で「映え」にうんざりしている。
ゆうへい:そう、「映え」にうんざりし、狂わされながらも、でも「映え」を追求し…
ゆに:なるほどなるほど。
ゆうへい:そういう時代において、かつ目が見えない皆実さんが、カナカナさんに対して「映える」写真をどんどん撮ってアップしてくださいって言ったことの意味。ここでの「映え」は、護道さんが3位の人に「通用しないですよ」って言った「「映え」とあえて同じ言葉を使ってるんだけど …
ゆに:そうだね、意味がまったく違うよね。
ゆうへい:それはつまり、これからも引き続きカナカナさんが、いつかお母さんが帰ってくることを願いながら「日常」を続けていく中で上げていく写真というものの美しさ、をあえて「映え」っていう言葉で軽やかにジョークめいて言ったんだよ。
ゆに:しかもそれはさ、目が見えない皆実さんにも、ちゃんと伝わってるってことなんだよね。逆に、目が見えていても一向に伝わらない奴もいる…いま、ゆうへいさん言いながらちょっと目ウルっとしてるじゃん笑
ゆうへい:でしょ。この4話さ、昨日子供を寝かしつけながら見てたんだけど、泣いちゃいましたね。
ゆに:いい話だね。考えれば考えるほどいい話。俺もそこまで「映え」の話を考えてなかったから、聞きながらちょっと泣きそうでした。
ゆうへい:いやー、よかったな…。いやあのなんかね、途中ぐらいでまぁ3位の人犯人だろうなと思ってたから、今回ってミステリーの謎解きとしてはそんな難しくない感じだなと思って観てたの。そしたら最後にあの話は予想してなかったからね、カナカナさんが実は子ども本人だったという、そのくだりでもう、持ってかれましたね笑
ゆに:あれはずるいですね。いい5話でした。
前回の記事はこちら:
痛みながら、しかし、だからこそ「開いていく」こと ー 介助とヒーロー #2
本企画のアーカイブページはこちら:
今回のサムネイルには、話者の一人、愼允翼が取材を受けたドキュメンタリー「ある学生の視点 車椅子から見上げた世界」(東京大学情報学環メディアスタジオ実習C班)より、彼の母親がつくったお弁当の写真を使用した。