3 仲春を歩く

 畑へはなるべく歩いて行くことにしている。畑に行って水をやり、帰宅するまで往復50分だ。「少し遠いな」「歩くの面倒だな」と思うこともあるけれど、そんなときは父方の祖母のことを思い出す。どこへ行くにも自分の足で歩いていく人だったからだ。

 祖母は93歳で亡くなるまで、足腰がしゃっきりしていた。祖母を見ていて、歩くというのは健康にいいのだと学んだ。だから私も歩こう。自分のからだは自分で運ぼう。時間がないときは自転車で行こう。ただ忙しい日はなかなか時間が取れないのと、気圧に弱かったり生理で苦しんでいたりとなかなか体調が安定しないので、やっぱり車で行くことが最近多い。

 季節柄、歩くのは楽しい。何よりうれしいのが鳥たちとの出遭いだ。農耕地にはたくさんの鳥たちがいる。スズメ、ハト、カモ、カラス、名前の分からない鳥たち、そしてヒバリ。

 鳥を見かけたら、友人に教えてもらった「サントリー 日本の鳥百科」で検索をする。私はこの年になるまでヒバリの鳴き声を知らなかった。3月初旬、空の高いところを舞いながらさえずっている鳥を見つけて、鳴き声を検索したところ、どうやらヒバリらしいと見当がついた。

 でもほんとうにヒバリなのか、いまいち自信がなかった。少し鳴き声が違うような気もする。地鳴きだと違う鳴き声なのかと思って検索するけれど、やっぱり分からない。空の高いところを舞うか、地面にいるときは姿を見せないので、見た目の特徴で判断することもむずかしい。

ジャガイモの芽

 誰か鳥に詳しい人はいないだろうかと考えていて、大学のときの先輩がFacebookによく鳥のことをあげていることを思い出した。彼に録音した鳴き声を送ってみると、やはりヒバリだとのことだ。

 先輩によると、繁殖期になると「揚雲雀(あげひばり)」といって、鳴きながら地面からまっすぐ上昇して、しばらく高いところでホバリングし、また降りてくるという元気な行動が見られるという。

 後日、実際に目にしたけれど、地面からヒバリが飛び立って、かなり高いところまで上昇し、そこでホバリングして鳴いていた。けっこう長い時間そうしており、まぶしくてずっとは見ていられなかったくらいだった。

 畑へ行くと人との出会いもある。名前はまだ知らないけれど、同じ市民農園を借りているほかの人たちとひと言ふた言、会話を交わすことがある。「もう畑は長いんですか」「何を撒いたんですか」など。畑を間にすると、自然と会話が生まれるみたいだ。

 SNSで私が畑をしていることを知って、遊びに来てくれた人もいる。前から市民農園に興味があったようで、様子を見がてら、土の石ころを除き、草取りをしてくれた。こんなふうに畑を通して人との交流が広まったり深まったりしていくのはうれしい。

 先日は間引きしたラディッシュをこども食堂へ届けて、食材として使ってもらった。お味噌汁に入っていたのと、茹でたものが添え物として出された。初おすそ分けはうれしかった。

 息子も畑が好きだ。ある日曜日、息子が家にいるので、車で畑へ行こうと思っていた。往復50分は子どもの足には少し遠いのではないかと考えていたのだ。しかし保育園の遠足では往復5kmを歩いていたのを思い出し、気が変わった。

 子どもに「畑まで歩いて行こう」と話しかけると、「えー、くるまがいい」と言う。「今日は畑遠足だよ」と誘い出した。

 外は風もなく、半袖でも構わないくらい暖かい。子どもは5分ほど歩くとさっそく道路に座り込む。「たくさん歩いてジョイフルに行こう」と声かけし、前へ誘う。

 住宅街を抜けると、子どもが走り出した。農耕地に入ってしまえば、車は滅多に来ないので安心だ。子どもはまだ何も植えられていない農地に果敢に入っていく。人様の土地だし、本来は勝手に入ってはならないのだが、子どもだし大目に見させてもらう。わざと転んでは草地に寝転がったりもしていた。

 私が水やりをしている間、子どもは側溝でかたつむりの死骸を探したり、再び草地に寝転んだりしていた。まだまだ畑で遊びたかったようだが、昼飯どきが迫っていたのでかくれんぼしつつ帰る。植えられた麦越しに見た空は美しかった。

 そろそろ種を撒いて1カ月が経つ。まだ収穫はしていない。3月の初めに、ミニニンジンとラディッシュの種を撒き、ジャガイモのタネイモを植えたのだけれど、結局ミニニンジンは発芽しなかった。

 ミニニンジンは光が当たらないと発芽しないらしく(好光性というらしい)ごく薄く土をかぶせる。そして発芽するまで乾かさないことが肝要らしい。だから種を撒いたあとに不織布を敷くといいと本に書いてあったのだが、根がずぼらな私は「ま、いっか」とやらなかった。畑で「ま、いっか」は禁物だと学んだ。セオリー通りにやるのが、初心者に必要な心得なのだろう。

 季節は仲春から晩春へと移り変わる。次はどんな変化があるだろうか。今日も私は歩いて畑へ向かう。