宝探しと、宝だった時間のこと

高校を卒業したころ、CDを「ジャケ借り」するのが好きだった。

昔からあまりモノを所有したいと思わない。音楽好きなくせに好きなアーティストのCDすら買うことはなくて、もっぱらTSUTAYAのレンタルCDから摂取していた。

流行りの音楽はよく分からなかったけど、知らないアーティストはどんどん開拓したい。雑誌の情報を頼りにすることもあったけど、気になるニッチなアーティストは田舎町のTSUTAYAでは取り扱っていないことも多かった。そこで始めたのが、CDジャケットと裏面の収録曲リストだけを頼りに好みの音源を見つける「宝探し」だ。

私の家は最寄りのTSUTAYAから5分のところにある。自転車でTSUTAYAに行き、2階に上がると真っすぐCDコーナーへ。J-Rockの棚、上部の面陳になっているCDをまず眺め、気になるものを手に取ってみる。そのアーティストのCDが並んでいる棚にも行って、他にどんなアルバムがあるかチェック。検索機を使って改めて在庫を確認する。

ひたすらJ- Rockコーナーをうろうろしていた。直感をびんびんにとがらせて、些細な情報からも何か読み取る。ジャケットの写真・イラスト、色味だけではなく、フォントや文字の配置の雰囲気も見逃さない。

こういうのは、たくさん借りてしまうと面白くない。3枚くらいに留めるのが大事なのだ。「たくさん借りて大丈夫」と思うとどうでもいいものまで手に取ってしまって、勘を働かせなくなる。そもそもお金もなかった。

思ったよりはまらないことも多かった。けれども、今でも好きなアーティストにも出会えた。まだあまり踊っていなかったころの星野源の音楽はその1つ。「くせのうた」「くだらないの中に」は今でも大好きだ(「SUN」で軽快に踊る源さんを見たときは本当にびっくりした)。

高校生のころ、田んぼの真ん中にあるライブハウスによく行った。

16歳の春に入学した高校には、知人の娘さん・息子さんがいた。

彼女とは、中2のころアコースティックギターを習いに通っていた音楽教室で知り合った。穏やかかつ面白い女性で、発表会でピックを落とし、演奏中にもかかわらずとことこ拾いに行った姿は忘れられない。

入学するまでよく分かっていなかったのだけど、娘さんは私と同級生だった。息子さんは2つ上の当時高3。音楽の才能豊かな兄妹だった。

息子さんは、高校でバンドを組んでいた。5月の晴れた日、一緒に息子のライブに行かないかと知人に誘われた私は、自転車でそのライブハウスに向かった。

ライブハウスはそんなに大きなスペースではなかった。普段は音楽教室や練習スタジオとしても使っているらしい。防音設備はあるだろうけど、確かにここなら大きな音が漏れても安心だろう、と思えるような田んぼのど真ん中に建っていた。

高校生がたくさん集まっていた。出演者も多いだろうけど、それなりにお客さんもいるようだ。息子さんのバンドは大トリらしく、知人とちょこちょこと話しながらステージを待った。

知らない高校生たちのにぎやかなステージが終わり、少し照明が落とされた。息子さんのバンドの演奏が始まった。

そのバンドは、東京事変のコピーバンドだった。ギター・ベース・ドラムと女性ボーカルの4人構成。ベースとギターの人は私も顔見知りで、一緒に演奏したことがあった。

音が鳴ってすぐに、そのバンドがすごく上手だということに気づいた。今までの高校生バンドだってさほど下手な演奏じゃなかった。みんなうまいなぁ…と思って楽しく聴いていた。

でも、この人たちは全然違う。コピーバンドだけれど、もう雰囲気が「できあがっている」。ただ東京事変の真似をしているわけではなく、限りなくこの人たち自身のステージだった。

お客さんも、さっきまでのワイワイガヤガヤとした空気ではなくなっていた。どことなくうっとりとした感じ。よく見ると、「知り合いが出ているから来た」というわけではない「ファン」のような人たちもいるようだった。

ドラムの人が木の箱を持って前に出てきた。そのまま箱に座る。タン、と側面を叩き始めた。

東京事変「キラーチューン」が始まった。

箱、と思ったのは「カホン」という楽器だった。「キラーチューン」は原曲はキラキラとした、椎名林檎らしい人生を謳歌する女性のような煌びやかな曲調だけれど、しっとりしたテンポとリズムにアレンジされている。ボーカルの女性もどことなく色っぽい。

高校生がこんなにしっとりできるのか…。

そのステージは、衝撃的だった。ライブが終わり、知人と別れた後、自転車を漕ぎながら私は泣けてきた。私には叶えられない夢をみた、と思った。

そのころ、私は入学した高校に行けなくなっていた。何があったわけでもないけど、突然糸が切れるように不登校になった。もう学校には戻れないだろうと分かっていたけどどうしていいのか分からない、そんな時期だった。

あんなステージができるようなバンドも組めないし、あんな青春時代を楽しめないだろう。

そう思うと涙があふれた。家に帰って、疲れたふりをして自室にこもる。カホンのリズムが耳奥に残っていた。

今でも音楽は大好きだ。

最近はもっぱらサブスクに頼っている。朝起きて、動けそうになったらとりあえずスマホでシャッフル再生する。好きなアーティストが流れると嬉しい。スマホと意思疎通ができているような気持ちになる。

YouTubeも活用している。知らないバンドのPVを延々流してみて、これはと思ったものをdヒッツで探してダウンロードする。流行りの曲を知らないので、あえて流行ど真ん中の曲をじっくり聴いてみることもある。流行っているものには流行るだけの魅力があるのだな、と感じ入ることが多い。

サブスクやYouTubeのいいところは、好きなアーティストから私が好きそうな音楽をおすすめしてくれるところだ。永遠に続く芋掘りのよう。好みの音楽が見つかりやすくなって便利だと思う。

けれども。私はやっぱり「ジャケ借り」が懐かしくなる。あの頃のワクワクした気持ち、CDを見つめる集中力が恋しい。さらにいえば、あのライブハウスで感じた高揚や失望さえも暖かい気持ちで思ってしまうのだ。