来月からツマが復職予定で、ムスコもムスメと同じ園に入れることになったので、少し前から入園に向けての準備がちょっとずつ進んでいる。この日は園でムスコの入園前健康診断があったため、ムスメと一緒にはじめてきょうだい登園となった。預けたらカフェで一服しようかと思っていたのだが、健診はほんと5分もかからず一瞬で終わるものだったので、部屋の外でそのまま待って、終わったらまた抱っこしてすぐ帰宅って感じだった。
園の先生や、他のお子さんの保護者さんや、園以外の知人友人や、お子と一緒にいるときに出会う人たちは、上のムスメについても下のムスコについても、顔を見て私とツマどっちにどこが似ているとか色々コメントをくれるわけだが、私は本当にそういう、ある人とある人の顔貌の類似性・近似性に対するアンテナが全くなくて、いくら言われてもピンと来ないのである。別にそういう話が嫌とかではまったくない。みなさんそのときそのときの直感で、話のタネの一つぐらいで、しかし悪意があるわけではなく好意と関心を持っての言葉であることも分かっているので、特段そういう話題を自ら避けたり忌避したりすることでもない。単純に、良し悪しではなくまじで「わからん」のだ。他の人の子に対してでなく、自分の子に関してもようわからん。一人ひとりの顔や特徴を総体としては認識・区別できるが、目とか眉毛とか鼻とか、パーツの一部の特徴を捉えて、それが親子や家族といった複数名で類似している・共有されている=「似ているか」どうかという観点で人を見ていないのだろう。こういう話題を自分が振られる「親」という立場を有して5年経ってなおそうなので、まじでよくわからない。別に生きるに困ってないので「できるようになろう」とは思っていないが、いっつも「はぁーそうですかねぇ、どっち似とも言われますねー」って曖昧なリアクションを取ってしまう。人生の謎のひとつ。なぞ。