TBSテレビの日曜劇場『ラストマンー全盲の捜査官ー』を観て、「介助とヒーロー」というテーマのもと、脊髄性筋萎縮症(SMA)Ⅱ型による重度身体機能障害のある愼 允翼(しん ゆに)と、重度訪問介護制度による愼の介助者の一人鈴木 悠平(すずき ゆうへい)が対談する。今回はEp.7「大切なひと」について。
皆実(福山雅治)は心太朗(大泉洋)を伴い、両親の墓参りをしていた。同じ頃、ふ頭で白骨化した老人の遺体が発見され、佐久良(吉田羊)班が臨場する。遺体は3年前から行方不明の資産家の老人。そして、容疑者として浮上したのが、40歳差の妻・葛西亜理紗だった。しかも、彼女は以前も歳の離れた男性と結婚しており、離婚後に相手男性は失踪していた。加えて、亜理紗はアメリカの大使館からスパイの可能性があると疑われていた。さっそく皆実たちは亜理紗に事情を聞きに行くが、そこで皆実は予想外な反応をする。亜理紗に好意を持ってしまうのだ。そして「彼女は犯人ではない」と断言する。はたして、事件を解決に導くことはできるのか──?
『ラストマンー全盲の捜査官』番組公式サイト Ep.7「大切なひと」あらすじ
以下、Podcastに公開した音声ファイルのリンクに続いて、同音源の文字起こしを最小限編集・校正したテキストを掲載する。
ゆうへい:はい、じゃあ始めましょう。「介助とヒーロー」収録5回目、『ラストマン』のエピソード7「大切なひと」というタイトルでした。
葛西亜理紗さんという、ものすごい美人のセラピストの女性が、40歳ぐらい上のおじいちゃん(葛西征四郎)と年の差婚して、後妻業の殺人なのか、もしくは第三国のスパイなのかという疑惑があって。
ゆに:後妻業をやってるだけじゃなくて、アメリカ大使館の要人とか各界の要人をかどわかして、機密情報を盗んでいる疑惑が、後妻業とは別件であったってことだったね。
ゆうへい:その2つの方向から亜理紗さんに対して捜査が進んだんだけど、その年の差婚の夫の人、征四郎さんを庇って罪を被ろうとしての行動で、まったくの無実だったっていう話でしたね。じゃあ、感想話していきましょうか。
ゆに:今回さ、僕、今までも皆実さんのことを「新しいヒーロー」だって言ってきたけれど、いよいよちょっと他人事ではいられないというか…自分で言うのもなんですが、自分と重なる部分が多くて、ちょっとね、苦笑いを禁じ得なかったね。
ゆうへい:アメリカ大使館のデボラってやつがいて、仲いいからいろいろこう根回ししてくれるんだよって、第1話からずっと皆実さん言ってたんだけど。
ゆに:前回話した、「上からの権力」だね。
ゆうへい:その、ずっと存在を匂わせてきたデボラが今回登場しまして、しかも皆実さんの元・妻でした。
ゆに:元妻なんだけど、離婚した理由っていうのがさ、2人が新婚旅行でラスベガス行ったときに、あろうことか皆実さんがそこで別の女の人を口説いて一夜を過ごしちゃって、翌朝それが判明して修羅場と化したから、新婚旅行で即離婚したっていう、イカれたエピソードが最初に登場する(笑)。
ゆうへい:でもまぁ、離婚した後も2人はなんだかんだ仲良くお付き合いしていて、その中で皆実さんの「人たらし」性がさ、2人の過去を知った護道さんのツッコミと共に明かされ…
ゆに:全開でしたね、今回。
ゆうへい:本当に。僕らもずっと「皆実さん、人たらしだなー」って言ってきたんだけど、作中のメンバーも言ってて、ほんとこいつはずるいと(笑)。
ゆに:「元妻です」って、皆実さんがデボラさんを紹介して、護道さんがポカーンとしたのは、皆実さんの亡くなった両親のお墓参りのシーンだったよね。皆実さんの両親のお墓に迷わずやってくるデボラの足音を聞いて、皆実さんと直接会っていない間も、デボラがこまめに皆実さんの両親のお墓を掃除しにきてたことを皆実さんが理解したっていうのが、最後のバーのシーンで語られたんだけど、あれ俺ウルっときちゃったな…。
話を序盤に戻すと、皆実さんがデボラさんを護道さんに紹介したあと、ホテルで3人でランチするじゃん。あのやり取りがなんかねー…俺も女の子と介助者と3人でご飯食べてるとき、似たような話したことあるなと思っちゃった(笑)。
ゆうへい:ほとんど常に「介助者」が一緒だからね。皆実さんもそうだし、ユニくんもそうだけど、視覚障害なり重度身体障害がある人はそういう…元奥さんであったり、これからアプローチしたいと思ってる異性であったり、まぁ異性に限らずですけど、つまり恋愛関係を含む親密な2者関係の場面においても「介助者が一緒にいる」ということになるよね。
ゆに:と、思いきやさ、最後の場面、あのホテルのバーでは皆実さんとデボラは「2人」で飲んでたじゃん。たぶんあそこ、芝公園の「プリンスパークタワー東京」の「スカイラウンジ ステラガーデン」っていうバーだと思うんだけど…
ゆうへい:見覚えがある?
ゆに:女の子と飲んだことあるなと思って(笑)
※収録後に悠平さんにググってもらったらやっぱり正解でした。我ながらキモすぎ…!笑。
ホテルバーだったら、女の子と1対1で飲めるんだよ。だからこのシーン、他人事では見ていられなくて(2回目)。ホテルバーの静かで安全な場所でなら、介助者を外して女性と「2人っきり」ができる。それも知り合った直後じゃなくて、一緒にいる時間が増えてしばらくして、関係が多少深まったあたりで、介助者を外してのデートができる。この感じはけっこうリアルで、もう他人事ではいられません(3回目)。
他にも細かい演出だけど、良かったなぁって思うところがあって。デボラさんが護道さんとはじめてあったときのホテルランチで、デボラさんかなりハイペースにワインをどんどん飲んでたじゃん。で、グラスが空になったときに、皆実さんにわかるように「コンコン」って鳴らしてたところ。
ゆうへい:皆実さんが、「失礼いたしました」ってワイン注ぐところね。
ゆに:俺もよく女の子と飲んでるときに、相手のグラス空いてるなってときにヘルパーさんに視線やるんだけど、たまにやっぱ視線が合わなくてうまくいかないときがある。そのとき、相手が飲める子で、飲めてかつ、親しい子じゃないと難しいけど、俺にグラス向けて、(デボラと同じように)「空いてるぞ」っていうのを、さりげなく見せてくれると「おっ」ってなるわけですよね。
これがね、実にね…ほんとにあの2人の愛情の深さを感じさせるささやかな演出なんだけど、僕はちょっとね、他人事ではないので(4回目)、逆にちょっと冷静には見られなかった。今回、そういうところばっか目がいっちゃって、事件本題と結びつけて話すことができないかも…。
ゆうへい:まあ、そういう回もいいんじゃないかな。
ゆに:もしかしたら今までで一番話が下手くそなラジオ回になる可能性あります(笑)。
ゆうへい:今のね、手足は動かせるけど目は見えない皆実さんに対して、デボラさんが「お前気が利かねえな、ワイン注げよ」ってグラス鳴らすのも、身体は動かせないけど目は見えるユニくんに対して、親しい女の子がグラスを向けて目配せするのも、ある程度親しい間柄でこそ成り立つさりげないメッセージだよね。皆実さんもユニくんもそれを受け取って、たとえばここではワインを注ぐとか、それぞれの方法で相手をケアする、もてなす、エスコートするということをやるわけだよね。
皆実さんとデボラさんが、最後にバーで飲んでるときさ、「君は同情ではなく愛情で私と結婚してくれました。そして今も変わらずこうして接してくれている。いつも本当にありがとう」って皆実さんが言ってたの、いいなぁって思ったんだけどさ。なんかその、僕らも普段よく話してるけど、身体的に「できない」こと、「動かない」ことがあるとしても、だからといって常にその人は「ケアされる側」ではないってこと。
皆実さんとデボラさんのように対等な関係のもとではさ、障害のある人も、口説いたり、ワインを注いだり、粋な計らいをしたり、相手をケアする言葉をかけたりとか、できるし、するわけじゃん。それは「当たり前」のことなんだけど、結構その…障害のある人の生活にディテールに立ち会う機会や場面がない人とかだと、やっぱりちょっと「客体化」っていうかな、「あの人は自分ではできないから、ワインも周りの人が入れてあげましょう」みたいになりがちで。
もちろん、「他の人が動く」こと自体がダメって言いたいわけじゃない。でもやっぱり「ここぞ」というとき…ここは、自分(障害のある人本人)が、この人に、お酒を注ぎたいんだとか、この人には、自分の言葉で、自分の体で、自分の方法で、自分の気持ちを伝えたいんだとか、そういう場面では、介助者が一歩引くとか席を外すとかして、その人の身体を通してできることをあえて、というか、やりたいから自分でやるということが、あるじゃんね。デボラさんと皆実さんのやり取りは、すごく細かい演出だけど、僕やユニくん、この界隈の人が見るとさ、「いいなぁ」と思う演出だったよね。
ゆに:たまらなかったよ。護道さんも含めての、2人の距離感が良かった。途中で張り込みしてるとき、車にデボラさんが入ってきて、パンとお寿司差し入れたところも面白かった。皆実さんが亜理紗さんに惚れまくってますみたいなことを護道さんが言った瞬間に、デボラさんちょっといじけた顔して、自分で差し入れた護道さんの寿司をバクって食っちゃうっていう。
ゆうへい:護道さんに「不機嫌そうですね」って言われて「別に」ってね笑
ゆに:あれさ、なんつーのかな、僕が穿った見方してるのかもしれないけど、あれデボラさん、素でやってるというより、あの反応を護道さんに突っ込ませることによって、皆実さんを楽しませようとしてるじゃん。
ゆうへい:うん、そうね。
ゆに:なんかね、デボラって人はすごくコミカルな女性だなぁと思ったの。僕、閒の別のブログで、障害を持ってる人はいつもボケ続けないといけないから、「ツッコミ」をしてくれる女の人が大事なんだって話を書いたと思うんだけど、あのね、ツッコミもね、ただ話の流れを正常化するためのツッコミじゃなくて、「ほぼボケみたいなツッコミ」が大事なの。 で、コミカルだったでしょうデボラさん。あれが僕たまらなくって、もう言葉にしがたいわ…(笑)。
ゆうへい:あの、コミカルでちょっと洒落た大人のやりとりが成り立っているのはさ、2つ背景があるなと思って。1つは、さっき言ったように、デボラさんが皆実さんを「身体障害者」として、また障害への「同情」からではなくて、障害も含めて皆実さんという一人の人間のことをよく知り、対等に付き合ってきたという時間がなせるわざ。もう1つはさ、新婚旅行ですぐ離婚しちゃったから、「円満離婚」って言ったらあれだけど(笑)、離婚した後も結局なんだかんだプライベートから仕事までお互いを気遣ったり、しょうがないなぁって言いつつサポートし合ったりという、2人のその、離婚したけど「熟年夫婦」みたいな関係性がなせるわざだよね。要はその、破滅的な別れ方した元夫婦とか元恋人ではできないっていうかさ、別れた後も、関係が変わってはいるんだけど、愛情とかお互い慮る気持ちは残ってる、続いているという2人にできるやり取りだよね。
ゆに:これも僕の穿った見方かもしれないし、障害者にしか通用しないことかもしれないから、ロジック詰められると弱いんだけど、何だったら”離婚したことによって”、デボラさんはもっと魅力的になったし、皆実さんももっと魅力的になったじゃないのかな。わかんないけど。あの2人の、あの関係、本当に僕素晴らしいと思って、自分もあんな人がいたらいいなぁと思ったんだけど、「結婚しちゃダメ」なんだよなぁと思った。
ゆうへい:いや面白いな、なんかそう…なかなか理屈で説明できないんだけどさ、そして、人生っていろんなifの可能性があるけど基本的には巻き戻しはできないからさ、 その新婚旅行での事件がなくて続いてた世界線もあるかもしれないけど、でもなんか、別れたことで、結果、”別れた後ならでは”の2人の特殊な愛情っていうか…今後も多分、再婚しないんだと思う。でも、愛し合ってるという。そういう2人が、なんか生まれたんだなってね。
また最後のシーン、事件解決してから2人でバーで飲んでるときのやり取りの話をするけど、デボラさんがさ、皆実さんが新婚旅行で一目惚れして口説いた女はスパイで、あれはハニートラップだったということが後から調べて分かったことを話すじゃん。皆実さんとその女性がホテルで一夜を共にした翌日、それをデボラさんが見つけて怒って離婚したわけだけど、皆実さんは、その女性とは実は何も致していなくて、睡眠薬盛られて寝てただけだということも、後からわかったと。で、それなのになぜ、当時まったく言い訳をしなかったのかって、デボラさんに聞かれての皆実さんの答え。「情けないことに本当に記憶がなかったのです。それに、どんな理由があるにせよ、あのとき君を傷つけてしまったことに変わりはありません。申し訳ない」と。
物事の原因とか詳細とか、いわゆる「事実」や「真実」を突き止めることって、そりゃ『ラストマン』も刑事ドラマだし、事件解決においては当然めちゃくちゃ大事なことだけどさ、こと「人と人」の関係においては、事実や真実だけが、常に最優先で最重要とは限らないんだよね。具体的な事実がどうだったかとか、お互いその瞬間思うことが違ったり、後から振り返ると変わったりすることとかもあるんだけど、どうあれ、その瞬間、相手を怒らせた、傷つけたということに、ある種「責任」を取るというか、デボラさんに「離婚だ」って言われたら「はい」つって離婚して責任を1回ちゃんと取り、でもその後も、「あの時はごめんね」って言いながらも、「いつもありがとう」って感謝を伝えて、相手と接するっていう、なんかああやって皆実さんは「人たらし」をしてるんだろうけど、すごく素敵だなと思った。たぶん、あれでますます惚れ直したと思うよね、デボラさん。
ゆに:そうでしょうね。あれはお互いに惚れ直したでしょう。だからさ、なんつーか、さっき僕、結婚じゃダメなんだっつったけど、やっぱさ、自立してるんだよ、皆実さんっていう人は。で、デボラさんも自立した女性じゃん。自立した人間同士じゃないとケアできないケアっていうのはあると思う。ケアを必要とする人と、ケアができる人の非対称的な関係で「ケア」が語られがちなんだけど。自立してる人って、ほんとはケアいらないんだよ。で、皆実さんはデボラさんがいなくてもうまくやってける人。デボラさんも皆実さんがいなくてもうまくやってける人。なんだけど、お互いがいると、お互いの魅力がねより出る。そこがいいんだよ。
ゆうへい:そうだね。
ゆに:「誰でもいいんだけど、その人じゃないとダメ」っていう、介助とか恋愛とかも含めて人間関係、「大事な人間関係」って、いつもね、そういうところにあるんじゃないかなって、まだちょっと明確な言葉にはできないんだけど、直観するね僕は。
ゆうへい:うん、その”直観”はなんか説明できないけど大事なんだろうって思う。
ゆに:対比になるような仕方で、その他にもさ、副題の「大切なひと」の組み合わせがいっぱい出てくるじゃん今回。本当の犯人のおじいちゃん(葛西征四郎)と、容疑者のセラピスト女性(葛西亜理紗)もそうでしょ、吾妻さんと泉くんもそうでしょ、あと、護道さんと佐久良さん、そこに馬目さんが入ってくる三角関係も。
ゆうへい:みんなそれぞれの立ち位置、そして相手との関係の中で、自分の言葉とか自分の表現で愛情を伝えてた。
ゆに:ちょっとさ、皆実さんとデボラさん以外、劇中の他の”カップル”の象徴的なやり取りを振り返って考えてみたいんだけどさ、まず吾妻さんと泉くん。泉くんが事件解決後に吾妻さんを食事に誘うじゃん。吾妻さんちょっと最初顔をそらしてニコニコしたあと、ふっと向き直して、「なんかどさくさ感満載だよね」って返し、泉くんが「すいません…出直します」って、あれねー、あのニコニコしている吾妻さん、あれもコミカルでしょー。振られてるのに、振られた感じしないのよ!笑
ゆうへい:そうね(笑)泉君はああいう子だから、吾妻さんにああ言われたら「すいません…出直します」ってすーぐ引っこんじゃうんだけどさ、吾妻さん多分、泉くんがもう一押ししたら行ったと思うんだよね食事。
ゆに:行っただろうね、絶対。
ゆうへい:でも、吾妻さんは多分「どっちでも良かった」んだと思う。なんか、これであっさり引っ込んだ泉君も泉君らしくて可愛いなと思ってるし、何だよお前、こんな私の一言でいじけずにもう一回誘ってこいよオラとも思ってるし、両方の可能性…コインの裏・表両方の可能性が見えていて、でも「結果」がどっちであってもいいと思ってなんか楽しんでる節があるよね。吾妻さんも、泉君のことはもちろん悪からず思っているけど、まだ対等な恋愛対象まで浮上し切っていないというか、やっぱり皆実さんへの憧れも強いからさ。「お姉さん」として若干可愛がってるみたいな、1枚上手って感じがする。でもあれはあれでなんかすごく、好ましいし、微笑ましいシーンだなと。
ゆに:「どさくさ感満載だよね」「出直します」はね、あれは明らかに吾妻さんが泉くん「転がしてる」んだよね。でも、「転がす」ってことが必ずしも悪く機能しない形の愛なの。ふつうさ、転がす・転がされるっていうのは不均衡な関係において起こるから、常識的な恋愛においては忌避されるところもあるんだけど…
ゆうへい:ある種のね、「演劇」っていうか、「ゲーム」っていうかさ。
ゆに:そうそう。恋愛には、ゲームの要素も演劇の要素もある。つまり「楽しめる」要素がるということ。その瞬間だけ楽しむっていう、極めて短期的で感覚的なことのために”今”の時間を使うこと、これがね、恋愛には欠かせないものじゃん。
ゆうへい:で、その「演劇」を楽しみながら、それぞれが演じてるその奥にある相手の実態を愛するというかね。同じ事件解決後のシーンで、護道さんも佐久良主任と屋上で話してて、「飯でも行く?2人で」「それってもしかしてデートのお誘い?」ってさ、あのやり取りもいいよねぇ。昔付き合ってて別れた二人のまんざらでもない感じの駆け引き。で、ちょっと間を空けて佐久良主任が「手柄かすめとられてるのに行くわけないでしょ」って返す。護道さんがまた誘ってくれて、佐久良主任も内心めちゃくちゃ嬉しかったと思うんだけど。
ゆに:だってニマニマしてたもんね。
ゆうへい:そうそう。なんだけど、ここではまだ行かない、っていう、本人もほんとは行きたいくせに、職場で手柄とられたライバルなんだからって立ち去る。あれもなんかちょっと、大人の演劇っていうか。
ゆに:そこが佐久良さんの自立した女性としての魅力なんですよ。
ゆうへい:すごい俺惚れちゃったねあそこ、佐久良主任に(笑)。
ゆに:ほんとにね、惚れたよ。あそこでね、護道さんに誘われて行っちゃうようでは、護道さんの相方としてふさわしくない。はっきり言うけど、自立してる女性だからこそ護道さんにふさわしい。護道さんもそうだし皆実さんもそうだし、あわよくば僕もそうなんだけど、自立してる女性じゃないと、障害を楽しく生きるってこと、障害があるという事実を、共に享受して生きていったりできない気がするから…。
ゆうへい:付き合う・別れる、結婚する・しないとか、つまりなんかイエス・ノーで白黒つける、「答え」を出すっていうことを、急いだり固執したりしてたらできない愛し方っていうのを、今回の登場人物はみんなしてたよね。護道さんに破れた馬目さんもさ、一人で勝手に失恋したっていうか勝手に落ち込んでたんだけど…
ゆに:佐久良さんが屋上から帰っていくときの表情を見ちゃってね。
ゆうへい:あーやっぱり佐久良さんは護道さんのこと好きなんだ…って「一人失恋」をしたんだけど。
ゆに:俺は佐久良さんを最初の女性捜査一課長にするんだって決意を新たにして、自分の班をつくらずに部下として主任を支える選択をする。あれもやっぱさ、彼がやっぱり佐久良さんに「依存」してないっつかー。彼の強さだと思うんだよね。
ゆうへい:そうね。 一人失恋ではあるんだけど、別にその後、当てつけのように部署異動して班作るでもなく、「だからこそ」俺は残って佐久良さんを支えるんだと。周りのメンバーからクスクス笑われながらも全然動じず、彼にしか出来ない佐久良さんの支え方をするんだって腹を括る。
ゆに:「だからこそ」っていうのは正直、意味不明なのよ。論理化不可能。だけど、だけどそれはね、彼が自立した一人の男であるってことの証明な気がするんだよ、僕はね。その点で彼のこと好きになった。
ゆうへい:俺も今回の描写でね、捜査一課のみんなのことを、より好きになったなぁと思う。
ゆに:あのあと馬目さん、立川のクラブ行きましょうって今藤係長を誘って出ていったよね。もう「男」のダメなところ全開なんだけど、あの「ダメなんだけど自立している男」っていう描き方、僕はね、好ましかったね。
ゆうへい:で、ようやく今回の事件の話をするんだけど…(笑)でもあのさ、今までの話と今回の事件の話、僕繋がると思ったんだよね。えっと今回、葛西亜理紗さんという美人セラピストの女性がゲストで、前に暴力団のフロント企業の社長である亀島という男、つまりちょっとこう「危ない人」と結婚していた過去があり、その人もまたおじいちゃんぐらい年が離れた人なんだけど、亀島からのDVから逃げるようにして、同じぐらい年の差がある葛西征四郎に助けられ、愛し合って結婚した。しかしその後、征四郎から亜理紗さんを取り戻そうと亀島が迫ってきて、でちょっと正当防衛的な揉み合いの末に征四郎が亀島を殺してしまった。それを亜理紗さんが庇って、亀島も葛西も2人ともカネ目当てで自分が殺したんだって言い張って偽装し、夫の葛西征四郎を逃がそうとした。しかしその、「大切なひとを守るための嘘」は皆実さんたちに見破られ、彼女は無実で、征四郎が殺人と死体遺棄の容疑で逮捕されたという事件だった。あれもね、その…亜理紗さんが取調室で真相を見破られ、皆実さんに連れられて征四郎が入室してきたときに、「なんで?絶対に逃げるって約束したよね!?」って動揺・激昂してたじゃん。で、その後、取調室に皆実さんと征四郎が2人だけで残って対話するシーンが挟まり、で、それが終わったらすぐ、服役中の征四郎を亜理紗さんが訪ねてきて面会室で話すシーンに移ったでしょ。このときもう、亜理紗さん完全に「切り替え」ができてたっていうか…
ゆに:ですね。
ゆうへい:亜理紗さんはその、相手(征四郎)を愛するがゆえに自分が罪を被って国外に逃がそうとしてたけど、その目論見が頓挫したら、もうそれはそれとして諦めて、でも変わらず彼のことを愛し、引き続きケアをするんだよね。出てくるまで待ってるから元気でいてねとか、刑務所の中は寒いから暖かくしてとか、本読むといいよとか、色々差し入れ持ってきてさ…
ゆに:頓挫したからこそ、本来あるべきキャラに戻ったというか。最初は彼女、ああいう感じの人だったと思うんだ。
ゆうへい:ねー、すごい明るい顔してて。
ゆに:元々ああいう感じだったのが、人間関係が深まっていく中で事件が起こってしまい、罪を共有して被るというちょっと歪んだ方向に行ってしまったんだけど 皆実さんが真相を究明して征四郎を逮捕することによって、2人の関係を「正常化」してくれた、本来の姿に戻してくれたんだと思う。
ゆうへい:そうね、そうそう…ガラス越しの面会で、征四郎がさ、「お前にとっておじいちゃんだろ?俺なんて」って泣きそうになりながら言うでしょ、そしたら亜理紗さんはひとこと「ええ?関係ないよ年なんて」ってあっけらかんと笑って返すんだよ。あれがもうほんっとに良かった…。事件の真相が解明されるまでのドラマの大半はさ、彼女もうちょっとこう厳しい顔つきしてた。それはもちろん、夫を守るために隠し事をしてたからなんだけど、面会室の場面ではもう別人みたいにすごいカラッとした笑い方してて。医師とかアメリカの外交官とかいろんなおじさんをたぶらかして、後妻業やスパイを疑われるぐらいの振る舞いで必死に偽装工作をしていたときと、メイクも変わってたし服装も変わってたし。すごく良かったな。
ゆに:本当の彼女に戻ったんだよね。僕は今回、ほとんどデボラさんと佐久良さんにメロメロになっちゃっただけだったから(笑)、悠平さんがいま話してくれて頭が整理されたんだけどね、本来の愛に戻らせるヒーローとしての皆実さん、2人の関係を正常に戻す存在としての皆実さんだったんだな今回。皆実さんが征四郎と2人で取調室に残って話すシーンで、画面にフィルターかかって皆実さん視点のモードで描写され、征四郎の顔が、もともとのおじいちゃんの顔に戻ってたよね。
ゆうへい:そう、逃げるために若作りの整形してたのが、役者が切り替わっておじいちゃんの顔になる。それが、目が見えない皆実さんの「ビジョン」として映される演出だった。
ゆに:あれがね、まさにその「正常に戻す」っていう皆実さんの役割をビジュアルで示している気がしてさ、いやぁ、やっぱ皆実さんってヒーローだな。健康的。
ゆうへい:もうひとつ、今回のエピソードを見て考えたのがさ、いわゆる「後ろ指を刺される」ような外形を持つ人たちのパートナーシップについてなんだけど。具体的には、亜理紗さんと征四郎の「歳の差婚」であり、「身体障害者」である皆実さんとデボラさんの結婚(これは離婚したけど)という2組のパートナーシップの描き方。本人たちがいくら対等に付き合い愛し合っているつもりでいても、周りは勝手になんやかんや言ってくるわけですよね。遺産目当ての歳の差婚だ、どうせあの女性はそういう魂胆に違いない、みたいな。皆実さんとデボラさんに対しては、作中で誰かが後ろ指さしたわけではないけど、最後のバーでの会話で皆実さんが「同情ではなく愛情で」結婚してくれたことに感謝を伝えてたじゃん。つまりそのさ、やっぱり「ノーマル」から外れる特徴を持った人たちのパートナーシップは、本人たちが望むと望まざると関わらず、周りから勝手に後ろ指刺されたり、裏があるだの同情だの揶揄・邪推される宿命を、背負わざるを得ないんだよね。でも、そんな周囲の声はまったく相手にせず、皆実さんはただただ素直にデボラさんに対して「ごめんなさい」と「ありがとう」を言える人だし、 亜理紗さんも、細かい御託も理屈も全くなしに「年なんか関係ないでしょ」の一言をバサッと言える人である。結局、そのようにしてしか、「後ろ指刺される」ことの重力って振り切れないのかなって思う…
ゆに:なんかね、俺、個人的な考え言うけど、やっぱね、人を変える言葉とか、人を変える力っていうのはね、論理じゃないんだ。論理的な言葉ほど、人には効かない。なぜかっていうと、第三者による大概の意見・偏見は、好奇の目とか邪推も含めて「論理」だからさ、「誤った論理」に対抗するのは「正しい論理」ではなくて、非常に空虚な、中身の無い「ありがとう」とか「君のことが大好きだ」とか、そういう言葉なの。もはや言葉じゃない行動なの。言葉が空っぽだから、かえって「ありがとう」とか「好き」って言葉が”行為性”を帯びるっていうのかな…論理とは違った意味になってくるんだよね。それがね、人間を救うし、人間を支えるんだよ。
ゆうへい:相手を「肯定する」っていうことだよね。「なぜ私を愛してくれるのか、なぜ肯定してくれるのか」って問われて、「なぜならこうこう、こうだから…」って説明できないじゃん。
ゆに:説明しようとすればするほど嘘くさい。そういう説明をすべて切り払うこと、「ノーセンキュー」と言うこと。ここが大事だよね。
ゆうへい:相手を肯定するってことでもあるし、お互い自立した存在として付き合う、その当事者である自分のこともちゃんと引き受けるっていうかさ。つまり、最後の皆実さんとかね、ハニートラップだったかどうかの真相に関わらず、あなた(デボラ)をその日傷つけて怒らせてしまったことには変わりはないからと、何の言い訳もせず「ごめんなさい」と謝る。その上で、変わらずあなたのことを大事に思っているし、「いつも本当にありがとう」と言う。過去を引き受けるんだけど、過去と現在をずっと地続きで捉えてうじうじ言わないっていうのは、なんかけっこう大事だと思う…。
ゆに:本当にそうですね。
ゆうへい:カラッとする。別に過去をなかったことしたり言い訳したり消そうとしたりはせず、引き受ける。その上で未来に対してあっけらかんと、明るく単純に振る舞う。「ありがとう!好き!」みたいなさ。
ゆに:やっぱね、本当の強さっていうのは「愚かさ」から来るんだよね。ぎゃーぎゃー考えて頭使ってるとダメなんだよ。皆実さんとかデボラさんってのは、社会的エリートで一番頭いい人たちだと思うんだけど、一個タガが外れて頭がいいんだよ。この「タガが外れちゃう」ことが大事。タガが外せないと、うじうじしちゃうんだよ。障害持ってるとさ、必然的にタガを外されてるわけ、最初から。だからね、僕は皆実さんと自分を、女性関係も含めて重ねて見てしまうし、もっと皆実さんみたいになりたいなと思いながら見たし、今回はじめてね、「ああ、俺障害者やっててよかったな…」って思ったんだよ。タガが外れざるを得ない身体を生きてるからさ。ほんとによかったなと思って…。
ゆうへい:いやー、いい回でした。
ゆに:完全に蛇足だけど、劇中亜理紗さんを暴漢から救うために皆実さんが容赦なく発砲して、護道さんが「この人FBIだから平気で撃つぞ」って脅して暴漢が逃げ惑うところ、むちゃくちゃツボだったので、みなさんそこだけでも観てほしいですね(笑)。