「今や機械に生かされてるんです」
「私も同じようなものですよ、ここに」
『リコリス・リコイル』は2022年に放送されたアニメだ(現在もAmazon primeで配信中)。
錦木 千束(にしきぎ ちさと)と井ノ上 たきな(いのうえ たきな)、2人の少女がバディを組んで、「喫茶リコリコ」を拠点に毎話、街の人たちの困りごとを解決しながら、テロリストと戦ったり、登場人物のバックグラウンドが明かされたりしながら話が進んでいく。
「バディもの」のコメディ・サスペンス・アクションということで、『シティハンター』を彷彿とさせる作品でもある。千束とたきなを含む「リコリス」は、犯罪者を極秘裏に抹殺・消去する極秘の治安維持組織「DA」で訓練を受けた孤児たちであり、その点、実はディストピア的な設定なのだが、作品全体は底抜けに明るい。キャラクターがみな生き生きしていて、深く考えずに楽しく観られる良質なポップコーンムービーという感じで、僕は大好き。
特に気に入っているのが第5話「So far, so good」だ。
松下という、72歳男性日本人から喫茶リコリコに依頼が来るところから話が始まる。松下は、妻子を殺されアメリカに避難した富豪である。ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断され、去年余命宣告を受けたため、故郷である日本観光を希望する。妻子を殺した暗殺者に狙われているため、観光案内兼ボディガードを千束たちに依頼したのだ。
ALSは、体を動かすのに必要な筋肉が徐々にやせていき、力が入らなくなる難病だ。近年では日本でもだいぶ知名度が上がってきたと思う。ALSが描かれたエンタメ作品で最も有名なのは漫画『宇宙兄弟』だろうか(この漫画をきっかけに、治療方法を見つけるための研究開発資金を集める「せりか基金」も立ち上げられた)。
ALSという病気そのものや治療法といった「医療」の文脈ではなく、ごくごく普通に、しかしさり気なくALS当事者を支える介助者やテクノロジーを描きながら、「観光」を扱ってくれたのがリコリコの5話である。
松下の依頼を受けた千束が張り切ってつくった「旅のしおり」は公式サイトでも公開されている。浅草→七夕祭り→江戸城→学術文化ミュージアム→シビックセンターというコースだ。
松下がリコリコに来店した際、印刷した旅のしおりを渡そうとした千束は、松下が手足を自由に動かせないことを思い出して焦るのだが、リコリコに居候中のハッカー・クルミが「データで渡そうか?」とフォローを入れて、松下のデバイスにしおりの電子データを共有する。こういうさり気ない描写が良い。
松下は電動車椅子に乗り、人工呼吸器をつけ、合成音声で話す。これは僕の友人のALS当事者たちが使いこなしている、「既にある」テクノロジーだ(合成音声でのテキスト入力と出力は、実際はまだもう少しタイムラグがあるのだが)。
「今や機械に生かされてるんです」
「私も同じようなものですよ、ここに」
という冒頭に引用したセリフはここでの松下と千束のやり取りだ。千束にも先天性心疾患があり、最新型の無拍動人工心臓を移植された過去があることが、サラッと明かされる(これは物語のクライマックスに関わってくる設定なので、ぜひ本編を見てほしい)。
「完成したら見に来てくださいね。またご案内しますよ」
「(少し間を置いて)ええ、またお願いしますよ。君は素晴らしいガイドだからね」
10年前のテロリスト襲撃事件で破壊された電波塔(おそらく東京タワーがモデルだろう)に代わって建造中の延空木(えんくうぼく。こちらはスカイツリーかな)を水上バスから眺めながら、千束と松下は「次回の約束」を交わす。
ところが、松下などという男は「存在しない」ことが最後に明かされるのだ。
千束の暗殺者としての才能を開花させようと目論む「アラン機関」が、薬物中毒の末期患者を病院から連れ出し、「松下」という架空の人物に仕立て上げ、視界はゴーグルのカメラ経由、車椅子も合成音声の会話もリモート操作していたことが判明する。
機械で話す目の前の人間は「別人」だった。これはけっこう嫌な、しかし十分にあり得る未来でもあるし、ALSに限らず、合成音声やボイスチェンジャーで話すVtuberなど、既に現実はそうなっているとも言える。
事実を知って落ち込む千束を慰める、たきなの一言が優しい。
「いいガイドだって言ってくれたじゃん」
「いいガイドだったのは嘘じゃないんじゃないですか」
相手が何者で、どんな言葉で話そうと、相手に楽しんでもらおうと奮闘した時間に「嘘」はないのだ。