キャンパス近くのカフェで槇さんと久しぶりに会った。槇さんは不思議な人だ。年齢は三十代半ばぐらいに見えるけど、実際のところはよくわからない。彼といつどこでどうやって知り合ったかも、よく覚えていない。いつの間にか、年に数回会って話すようになった。
「久しぶりだね。最近どうだい」
「充実しています。だんだん慣れてもきたし、自分の関心の方向性ぐらいは、見えてきました」
「そりゃ何よりだ」
「でも…友人連中が目標に向かってひた走っている様子を見ると、やっぱり焦ったり嫉妬したりします」
「君だって、毎日のんびりしてるわけじゃあるまい」
「それはそうですが、彼らに比べて自分は、『自立』の二文字からずいぶん遠い位置にとどまっているように思うのです」
「それは、経済的にってことかい」
「それも大きいですが…まだ、自分の役割が見えません」
「役割」
「役割が見えないから、政治や社会の課題に対して目標設定が出来ないのです。それで相変わらず、身近な街や人のうごめきばかり気になっています」
「それに、何か問題でも?」
そう返されて、僕は黙ってしまった。目線を下に落として、コーヒーカップに手をやる。僕が黙っていても、彼は特に気にした様子もなく、窓の外を眺めている。そう…これは「問題」ではない。それはわかっている。
「自分が他人の悩みを聞く側になると、調子よく『焦って他人と比べることないよ』なんて言う癖に、自分のことになるとすぐ他人と比べてしまう。誰かの真摯な相談を、そういう自分の不安を覆い隠す道具のように使っているように思える時もあります。下劣です」
「今日はまたずいぶんと自分を卑下するね」
「でも、『自分は下劣だ』と卑下することで赦された気になって、そこから進もうとしないのはもっと下劣です」
「自覚できているなら、やることはひとつだろう」
「さっさと社会に出て働けば、もう少しまともな根性になりますかね」
槇さんは答えなかった。浅はかなことを言ったな、と最後の一言を反省した。
「そろそろ行こうか」
槇さんはそう言って席を立った。カップにわずかばかり残っていたコーヒーを口に入れて、僕も後に続く。気づけばもう六時前、外はすっかり暗くなっていた。
「君、素直でいい奴だが、少し危なっかしい」
駅までの帰り道、前を向いたままで槇さんはそう呟いた。
「生煮えの状態でなんでも素直にさらけ出すもんじゃないよ。色んな連中がいるからね。あらゆるものから、うまく距離を取るんだ」
「槇さんとも、ですか」
「僕に対してもそうだし、自分自身に対しても。自己分析はほどほどにしておくことだ。今日みたいなのは特にね。僕らは玉ねぎの芯を探すために生きているわけじゃない」
改札間際で彼はそう言って、駅に入っていった。
「方向性」と、自分で最初に言った。道が見えているのなら、ゴールがあろうとなかろうと、ここから歩き出すことになんらの支障もない。だからやっぱり、これは「問題」でもなんでもない。確かに生煮えだったな、とまた反省した。