昔、小さなライブハウスで、ライブが終わって酒盛りをしているところに、タロットカードを持った男性が来たことがあった。おそらく客のひとりだったと思う。ライブハウスでは大体ライブが終わると演者も観客も混じった酒盛りになり盛り上がるのだが、盛り上がっている途中でおもむろに「僕実はタロットできるんですよー」とその男性は言った。私はスピリチュアルな物事に興味がないというか、信じていなかった。なので自席の近くで始まったその小さなイベントには、話半分といった感覚でその状況を見やっていた。男性は自分の得意料理を披露するような手つきで、タロットカードを混ぜ合わせはじめた。
とある演者の女の子(女性、というより女の子という感じの人だったと記憶している)が、「何でも占えるんですか~?」と甘い声で訊ねる。男性は「大体何でも占えますよ」と言う。「恋愛について占ってください~!」と周りに女性が集まってくる。そこでのやり取りを私は半ば醒めた目で見ながら、男性がタロットカードを所定の場所に置いていく様子を見る。そして男性は、このカードはこういう意味だからこういうことですね、と占いを始める。すると女性陣が「きゃー、当たってる当たってる~!」と黄色い声をあげて盛り上がる。私はその様子を見ていて、そんな簡単に他者のことを把握したり予言めいたことを言ったりできるだろうか、と思いながらその場に佇んでいた。席が近かったこともあり、「お姉さん、お姉さんもタロットやりましょうか?」と男性が私に訊く。私は「私、タロットとか全く信じていないんですけど、いいんですか?」と訊ね返す。男性はやや怪訝な顔を一瞬したが、「いいですよ、何についてやりますか?」と訊いてきた。当たっているか外れているかで判断したかったので、「今の恋愛の状況でお願いします」と答えた。
男性はタロットができるということでその場の盛り上げ役のようになっていたが、「タロットは信じていないですけど」とハッキリ言った私を前にして、やや緊張しているようだった。そして占いの結果は、全ての回答が「はずれ」だった。つまり当時の私の恋愛事情をことごとく外したのだ。「はずれですね」「それもはずれてます」と私は全く空気を読まずに話した。占いが終わって、参ったなという顔をしている男性を前に、私は「やはり占いなど当たらないのだ」と思った。それが、タロットのプロだったらどうだったかはわからない。単純に趣味としてタロットをしている程度の人だったのかもわからないし、だがしかし、その場での占いは全てはずれていた。
私は基本的に占いを信じない。しかし例外がある。「しいたけ占い」だ。私はそこまで熱心にしいたけ占いを信じてキャッチアップしているわけではないが、しいたけ占いのサムネイルを見つけたり、誰かがリンクを貼っていたりすると、なぜかしいたけ占いのリンク先に飛んでしまう。なぜ私がしいたけ占いのことを追いかけてしまうのかと言えば、そこには「解釈の余地」が残されているからだと思っている。しいたけ占いはその年の上半期・下半期に結構なボリュームの占いの結果を文章化して公開している。週間しいたけ占いというものもある。それらを読むと、「自分に当てはまること」と「自分にとって都合のいいこと」とが満遍なくバランスよく、広く浅く書かれているように思われる。要は、あなたはこういう傾向がありますから、ここではがんばりましょう、とか、ここではスピードを落としましょう、とかそういった類のことが非常に丁寧に、そして慎重に書かれている。12星座関係なく万人に当てはまるのではないかとも思えるようなことが、分かりやすく丁寧に羅列されているのだ。これはしいたけ占いが他の占いと違う大きな特徴であると思う。読者にとって優しい、そして誠実で丁寧な書きぶりがそこにはあるのだ。しいたけ占いの特徴としてもう一つ挙げられるとすれば、強く断定的に物事の吉凶などを決めつけることがなるべく控えられており、あくまで読者の人生に寄り添うような文体で占いが進んでいく、という点もあるだろう。
あなたはこういう傾向だからこう、未来はこうなります、という部分で、「未来」の部分を私はあまり信じない。ただ、「あなたはこういう傾向があるからこうなる可能性がありますよ」という記述に関しては、確かにこれは私にも当てはまるかもしれないな、と思わせる文章をしいたけさんが書いている。占いを読者として解釈することの余地のようなものを、この占いは私に与えてくれる。読ませる占いだからこそ、面白い。この占いは「信じる」というより、自分の秘めたる可能性や傾向を可視化させてくれて、占いというより「しいたけさんの語り」に納得できる感触を得させてくれる。だからこそ、私はしいたけ占いを「信じている」というより「信頼している」のだと思う。そして、この占いは読むと少し元気をもらえる。そんなしいたけ占いのことを、ちょっとへそ曲がりの私は「信頼」しているのだ。