生みの親であるお父さん・お母さんと一緒に暮らしているということが、仮に”標準的な”家庭環境だとして、それに該当しない形態で暮らしている子はたくさんいる。僕たちが小学生・中学生だった頃の同級生にもいたし、そういう子の家族構成は、なんとはなしにクラス内で知られていたりする。本人が自分から話すこともあれば、授業参観で誰が来るか/来ないかという視覚情報から感じ取ったり、聞いてもいないのに自分の親から「○○くんのお家はお母さんがいないから…」というレクを受けたりして、「そういうこと」が暗黙の共通認識となっていたのだと思う。
当然ながら(と、教育を受けた今は言えるのだが)、生まれ育った環境が標準的かそうでないかということと、その子が幸福か不幸かということは、一致しない別の話であるし、ましてや他人が表層からジャッジして良いことではない。
ところが、標準外であることと「かわいそう」が一足飛びに結び付けられて、本人とかかわりもない人たちの間で勝手にその評価が定着する、ということが、世間では割と簡単に起こってしまう。
たとえば僕がそういう境遇にあって、周囲の大人からは「かわいそうね」と言われていることも知っていたとして、そんな大人たちに何か言い返すことができただろうか。「自分はかわいそうなんかじゃない!」と叫んでみたならば、かえって意地になっているようだし、冷静に「いえいえみなさん、僕はこの家で幸せに過ごしてるんですよ」と説明してみたところで、自分たちへの興味もかかわりのないところで噂を立てる大人なのだから、発言の中身をまともに聞いてくれそうもなさそうである(そもそも小さい子どもの頃にそんなに器用に立ち回れそうもない)。
他者との対話・接続を期待できないとわかったとき、ことばは空虚で無力だ。
いくら言葉を投げかけても反響が返ってこないなら、最後は自分と対話するしかない。ことばは内に向かう。
他にどうしようもないから「書く」。
体験したことはまったく違えど、「書く」ことに向かった必然性というのは、案外似た経緯だったかもしれない。
上述のコラムを寄せてくれた菊川恵さんとの接点は、僕にも言葉のどもりがあり、「うまくしゃべれない」時期があったことについて書いたエッセイだった。
それを読んでくれた彼女が、「私もです」とTwitterで話しかけてくれて、今度ご飯でも食べながらお話しましょうかということになった。
直接会ったときに、何を話したのかあまり覚えていないが、今に至るまでの生い立ちについてはお互いそれほど語らなかったと思う。「なんらかあったんだろうな」という感覚はしたが、それ自体を掘り下げることをその場で必要と感じなかったので、他愛のない話をしながら過ごした。
吃りの症状を含めて、彼女自身の生い立ち、どんな変遷を経て今に至ったのかの詳細は、soarのコラムを通してはじめて教えてもらったのだけど、食事をしたときに急いで聞いたりしなくて良かったと思う。断片ではなく、ひとつながりの「物語」として、話し言葉ではなく、書かれたテキストで受け取るべきものだったから。そして、「書くこと」が彼女が生きる上でのひとつの柱となっていること、それは僕にとっても同じであるということを、「やっぱりそうだよな」と改めて知らしめてくれるものだったから。
今では紙の日記に書き留めるだけでなく、書いたものを誰でもいつでも、全世界に向けてインターネットで「発信する」ことが出来る。毎年・毎月、たくさんのメディアが生まれ、個人の発信力を高めることの重要性が説かれ、それらをテコにしたビジネスが生まれていく。
いかに他人に「影響を与える(influence)」かが強調される。
「書くこと」は、それ自体が目的なのではなく、発信のツールである、他人や社会に影響を与え、動かすという目的に従属するものである、と言われているかのような気持ちになる。
そうした道具としての側面を否定はしないが、「書くこと」の理由や意味や目的、それから私たちが生きる上で「書くこと」によって与えられるものというのは、果たしてそれだけだろうか。
少なくとも僕や彼女にとっては、「書くこと」というのは、「発信」や「影響」のために始めたものではなかった。
もっとのっぴきならない、自分が生きていく上で、それ以外に突破口がないかのような切実性から始まったことなのだろうと思う。
誰かを動かすとか世界を変えるとかそんな大それたことを考える余裕もなかった。むしろ、誰かに見せようものなら「気のせいだよ」「考えすぎだよ」と突き返される。
動かしがたい現実や、言葉にならない自分の感情、痛みを、どうにか触れられるかたちにして折り合いをつけたい。そういう微かな、抵抗とも祈りともつかない行為だった。
書くことに対する(不器用な)切実さは、今ではだいぶ失われてしまった。それは、「書くこと」以外の引き出しを得たということでもあるし、「書くこと」がなくても生きていける暮らしの安定を得たということでもあるのかもしれない。
少し寂しくはある。
これから生きていくなかで、「書く以外に道がない」ような困難に、またぶつかることがあるだろうか。
未来のことはわからないけど、もしそうなったならば、「生きづらい自分」のことを、彼女のようにちゃんと大事にしてあげようと思う。