ースタッフへの給与や家賃の支払いに遅れが出るようになった。消費者金融をはしごしてお金を借りるが、それでもお金が回らない、文字通り火の車という状態に。ついに「その日」が来た。
ある日スタッフから「話があります」と呼び出されました。「もうこれ以上やっていけません」と言われて、あぁ、ついにきたかという感じです。こんな状態じゃ当たり前の流れなんですけどね。もうその時の僕には引き止める気力も残っていないし、引き止めたところで払えるお金もない。さよならするしかなかったんですけど、正直、めちゃくちゃ悔しかったです。人を雇う時には、「絶対こいつらに稼がせてやろう」と思って雇ったはずなのに、それが出来なかった。
辞めていったのは2店舗目で雇った2人と、1店舗目で雇ったうちの1人。でも、1店舗目の子たちの残り2人が、なぜだか分からないけど残ってくれたんですよね…。それで2店舗目は潰して、1店舗だけでもう一回やり直そう、失った2年を取り戻そうと決めました。1店舗だけならスタッフへの給与も払いながら回していけるのは実績としてあったので。それでもやっぱり、頑張ろうとすればするほど、お店に行けないんですよ。お店に出勤したスタッフから、今日は来られるのかどうか確認の電話がかかってくるけど、電話を取ることができない。スタッフからしたら、来るかわからない僕の分の予約は受けられないし、困りますよね。潰れた2店舗目の家賃を5ヶ月ぐらい滞納していたので、毎日催促の電話もかかってきました。
ー電話がかかってくるのが怖くて、昼間に起きていられなくなった。朝の7時頃に眠り、夕方6時に起きる昼夜逆転生活。お金もないし、人とも会わず、何もすることがない。逃避先はパソコンからつながるインターネットの世界だけだった。ところがそこでの出会いが、野間さんが回復するきっかけとなった。
ネットサーフィンをしていたら「ニコニコ動画」(以下、ニコ動)に出会ったんですよ。当時すごく盛り上がっていたんですけど、「なんだこれは」と衝撃を受けました。ニコ動との出会いがなかったら、僕死んでたかもしれないですね。
実際、毎日「今日は死のう」と思って生きていたんですよ。
でも、ニコ動で繋がってやり取りする人たちは、僕の今の生活の状態を知らないからフラットに話ができて、すごく楽だったんですね。それだけで「あ、生きる理由がちょっとできた」と思えました。そのコミュニティには年上のおじさんも年下の大学生もいて、なんだかんだいってみんなちゃんと生きてる。自分も、すごい人間にはなれなくていいから、毎日を普通に生きられるようになれればいいなぁと、そう思ったんですよね。
それまでは、独立志向もそうですけど、無駄にヒーローぶりたい感じがあって、「ちゃんとしないと」っていうプレッシャーで自分を追い込んでいたんですね。で、ちゃんとできない状態だから、ますます身動きが取れなくなる。彼らとの交流があったことで、まずは「普通の生活」を目指そうと思えたのは、すごくいい変化でした。
やり取りしているメンバーの中に、大学は出て就職したのに一ヶ月で仕事を辞めて、半年ぐらいニートしてる男の子がいたんですよ。「もう無理、働きたくない」って。僕は当時の自分のダメさを棚に上げて、彼のことを「ダメ人間やなぁ」と思って安心してたんですけど…(苦笑)、なんとその彼が「もう一度頑張ってみる」と言って就職したんですよ。
どうせすぐ辞めるだろうと思っていたら、「働くの楽しくなってきた!」とか言い出して(笑)、これはやばい、本当にやばい、こいつには負けられねぇ!みたいな感じで、僕にも火がついたんです。
「人は変われる」っていうことを、ニコ動で出会った彼に見せてもらえたんですよ。だったら、自分もまだ変われるんじゃないか。そう思ってからの復活はすごく早かったです。
お風呂も2週間に1回ぐらいしか入ってなかったのが、3日に1回入るようになり、外に着ていく服もないからユニクロに買いに出かけて、服を買ったからには清潔に保たないとと、毎日お風呂に入るようになり…と、徐々に人間の生活を取り戻していきました(笑)
犬マニアになろう!研究を始めてみたらそこは未開の地だった
ーインターネットの偶然の出会いに救われた野間さんが、仕事に復帰した際に気づいたのが、ペット業界における犬に関する専門的な情報の少なさだった。ここでの問題意識が現在の仕事に繋がっていく。
復帰したものの、お客さんは前より減って店自体はめっちゃ暇になってたんですよ。それで、空いた時間どうしようかなと思って、お店の名前が「犬マニア」なんですけど、本当に誰にも負けないマニアになってやろうと(笑)。そこから犬のことをめちゃくちゃ調べまくったんですが、シャンプーのことってペット業界に情報が一切蓄積されていなかったんですよ。仕方がないから人間界のことを勉強するしかないと思って、「日本化粧品検定協会」の講座に申し込んで勉強しました。でも、それじゃ全然満足できなかったんです。
シャンプーは、色んな成分を混ぜ合わせて出来ていますが、それぞれの成分に関するデータはシャンプーを作っているメーカーも持っていなかったんです。シャンプーの効能をちゃんと理解するためには原料のことを勉強するしかないと思って、原料メーカーが使うような資料を取り寄せたり、「日本油化学会」という学会に参加したり…もはやペットが全然関係ない方向に走っちゃっていますが(笑)、ここまで辿らないと大元のことが分からないんですよ。でもペット業界は、大元から遠いところで薄まって伝わってきた情報だけで、あることないこと言ってシャンプーを売っていたんですね。
ー犬と直接かかわるトリマーたちが、犬用シャンプーについて何も知らない現状。変えていくためには少しでも発信力を持たなければ。復活した野間さんは、もともと持っていたバイタリティをフルに活かして、トリマー業界に切り込んだ。
トリマーは技術職なので、やっぱり職人気質でプライドの高い人たちが多いです。徒弟制度的な慣習が強くて、上の先輩が言ったことが絶対正しい、という文化。何者でもない若造の僕がシャンプーについて「実はこうなんですよ」と言っても、誰も聞いてくれません。
ここで発言力を持つためには、業界のルールで戦って勝たないといけないって思いました。そこで、「ジャパンペットフェア」という、ペット業界で年に一回開かれる一番大きいイベントのカットコンテストに出ることにしました。ここで賞を取れば、みんなも僕の言うことに耳を傾けてくれるだろうと。
優勝はできなかったものの、影響力のある審査員の方から特別賞をいただけたんです。するとみんな、「誰あいつ?今までどこおった」みたいなことになって(笑)、色んな仕事のお引き合いがかかるようになりました。
最初にきたお仕事依頼は、シャンプーではなくてカラーリングの勉強会講師でした。やっぱりみんな、見た目も華やかでお客さんからも求められるカラーリングにばかり興味が向きがちで…、でもコミュニティを広げるにはちょうど良い機会だと思って受けることにしました。
講座をやっているうちに僕のことを評価して依頼や相談をしてくれる人が増えてきて、そこから徐々に、講座の内容をシャンプーや皮膚の話にスライドさせていきました。僕としては作戦成功でしめしめって感じですけど(笑)、そこからじわじわと、シャンプーに関心を持ってくれるトリマーさんが増えてきたというのが今です。
ただ、プロ相手に喋っているだけだと、やっぱり広がりが遅いので、ちゃんとした知識を一般のカスタマー、犬を飼っている人たちにも届けられるように工夫していかなきゃいけないなとも思っています。
シャンプーを売るのではなく、正しい知識を広めることが目的。ペット業界の倫理観を変えていきたい
ー現在も精力的にトリマー向けのシャンプーに関する勉強会を行う野間さんだが、そこでは自社商品の宣伝は一切しないという。「売ること」を目的としない、業界に正しい知識を広めるための取り組みだからだ。
自分のところのシャンプーの宣伝はしないし、メーカー主催のセミナー講師も請けません。トリマーさんたちに正しい知識を持ってもらうことが一番大事なので。ちゃんとした知識を得た人が、自分でネットを調べて最終的にうちのシャンプーにたどり着いてくれたらそれでいいやぐらいの気持ちでやっています。
僕のシャンプーは、ただ売るためではなくて、正しい知識を広めるためのシャンプーだと思っています。ネット検索などで見つけてくれた方から、新規のお取り扱い希望をいただくのですが、必ず電話でテストをするようにしています。「扱いたい」と言ってくれているこの人にどれくらい知識があるかを確認するためです。話してみて「あんまりわかってないな」という時は、100パーセント断ります。これを使いたいんだったらもうちょっと勉強してきてくださいねって。うちのシャンプーを使いたいという人が、それをきっかけに犬の皮膚やシャンプーについて勉強してくれるようになればいいなという思いでやっています。
プロの人たちがみんな正しい知識を持っていれば、いいものが評価されて売れるはずなのに、今のペット業界はそうなっていない。プロのトリマーたちも十分な知識を持っていないし、メーカー側も「売りたい」ありきの宣伝文句。シャンプーだけではなくドッグフードやおやつもそうです。ペット業界全体の倫理的スタンダードをこれから作っていかなければいけないと思っています。
ー野間さんが自分自身で書いた商品紹介のnoteにも、「どんな犬でも合う・合わないがある」と書かれていた。自分のシャンプーを闇雲にたくさん売ろうとするのではなく、目的や症状が合う犬と飼い主に届けたいという誠実さが感じられる文章だ。
月に1回、週に1回とこまめに毛を洗う子たちにはすごく向いています。きつい成分を使うと痒くなってしまうような子にも合っていると思います。一方、毛がつるつるしていてほしいとか、洗った後のクシ通りがものすごく良いという状態を求める人には向いていません。無香料なので「洗ったあとにいい匂いがしてほしい」という飼い主のニーズにも応えられません。毛よりも皮膚のことを第一に考えて作っているので。人間で言うなら、シャンプーというよりも、やさしい洗顔料に近いイメージかなと思います。
ーシャンプーの作り方から売り方、トリマーとして、講師としての仕事、そして大学での研究。野間さんの活動全てに一貫するのは「嘘をつかない」という姿勢だ。お客さんに対して誠実であれるよう、細部まで徹底的にこだわる。
これまでの過去を振り返っても、僕は言い訳を考えるのがうまくて、それで大事なことから向き合わずに逃げてきたなぁと…だから今、自分が「こうしたい」と決めた仕事に対してはサボらないでいたいんですよね。
シャンプーを作るときも、他の人たちだと「こんな肌触りで、こんな香りで…」とざっくりしたイメージを伝えて、工場に投げることが普通みたいなんです。で、サンプルが出てきて、「もうちょっとこうしてほしい」みたいなやりとりで進んでいくんですけど…そうなってくると中身ってどんどんおかしくなっていくんですよね。はじめに考えていたコンセプトとだいぶずれたものが最終的に出来上がってしまう。
僕の場合は成分を全部自分で指定するんですよ。その上で、あとは工場の人たちと細かい配合のパーセンテージの調整をしていく。言っていることが嘘にならないようにしたいんですよね。謳っている効能に対して成分の裏付けがあるんものを作っていきたい。「たぶんこう」じゃなくて、「こういう理由でこうなってるんだよ」ってちゃんと説明できるようでありたいんです。
大学で研究をしているのも同じ理由です。この成分は人間にはこういう作用があるから犬も同じだろう、じゃなくて実際にデータを取ってみてどうなのか?を追求していく。そうして得られた知見を、ペット業界全体に届けていきたい。